最近にわかに陸上競技を取り扱った小説が増えてきた。陸上経験者として、このような傾向は喜ばしい限りである。しかも作者の知名度や、作品自体の評価も高い(おそらく)。
今年度の直木賞作家、三浦しをんは、6年もの歳月をかけて、箱根駅伝を舞台とした『風が強く吹いている』を完成させた。今年映画化され、話題を呼んだ『県庁の星』の作者、桂望実の『RUN!RUN!RUN!』でも、主人公は大学の陸上部員だ。また高校の短距離ランナーを扱った佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』は「王様のブランチ」でも特集されている。どの作品からも、よく陸上競技のことを勉強しているのが伺える。
これらの作品を読んでみて感じたのは、作中における陸上競技の切り口が、皆同じだということだ。これは物語の軸とも言えるのかもしれない。『風が強く吹いている』の主人公・走は才能豊かなランナーだが、体育会の体質になじめず、一度は陸上競技をやめようと決意する。しかしひょんなことから大学寮で生活することになり、そこに住む個性豊かな9人の住人達と、箱根駅伝を目指すようになる。
『RUN!RUN!RUN!』の主人公・岡崎優は幼い時から一度も負けたことの無い天才ランナー。とにかく自分が速く走ることだけを考え、部の仲間とは一切関わろうとしない。そのため部でも浮いた存在だったが、同級生の岩本だけが、優と共に走ろうとする。そして岩本と共に走ることによって、優の心にも変化が生まれてくる。
『一瞬の風になれ』で天才的な走りを披露するのは、主人公の神谷新二ではなく、その幼馴染の一ノ瀬連。新二は連と自分の間にある才能の差を感じながらも、その走りにひかれ、共に頂点を目指す。
これら三作品の概要はざっとこんなところ。どの作品もキーワードとなっているのは「才能」と「仲間」だ。才能ある者とそれ以外の者が走りを通して結びつき、お互いを変えていく。この根っこの部分はどれも一緒だ。設定が少しずつ異なっているだけにすぎない。
「才能」と「仲間」。実はこの2つのテーマを扱うのに、陸上競技という題材は実に適している。陸上競技とは、一言で言えば身体能力を競うスポーツ。生まれながらの才能を覆すことが最も困難なスポーツであり、その差を最も判りやすく提示できるスポーツでもある。
さらに、これらの作品の中で重要なレースと位置づけられているのは、個人種目ではなく、駅伝やリレーといったチーム種目であることにも注目したい。リレーや駅伝は、ある意味個人種目とチーム種目の中間。走る時は一人だが、結果はチーム全体のもの。チームプレーが当たり前のサッカーや野球とはまた違った、個人と集団の狭間で起こる葛藤。それはより多くの解釈の誕生を可能とする。
以上の理由から、この2つのテーマを内包する小説を作るときに、陸上競技という題材は、非常に適していると言える。だがこれらは別に陸上競技でなくてはいけないわけでもない。他のスポーツにも十分置き換えがきく。
その代表例が、あさのあつこの人気小説シリーズ『バッテリー』だろう。バッテリーとここで紹介した3つの陸上小説の違いは、主人公のやっているスポーツが野球か陸上かの違いだけなのだ。三浦、桂、佐藤がこの『バッテリー』の影響を受けたのかは定かではないが、現在スポーツ小説の形として、ひとつのブームとなっているのは間違いないだろう。
また「才能」「仲間」という物語の軸のほかに、『バッテリー』も含めたこれらの小説には、興味深い共通点がある。それは皆作家が女性だということだ。女性の視点から、中学~大学までの若い男を描いているのだ。
そんな彼女たちの物語は、皆「きれい」なのだ。登場人物はそのほとんどが純粋。大人の狡猾さをもったキャラもほぼ皆無。しかもある程度の節度を皆持っており(笑)、若さゆえの無鉄砲でハチャメチャな行動を、やらかすやつがいない。少女マンガの登場人物に近いといったらわかりやすいだろうか。物語から受ける印象も実にさわやかだ。
おそらく彼女たちが登場人物たちと同じ世代だった頃(あるいは今でも)に、感じていた憧れが、そのまま作品に反映されているのだろう。男性がスポーツ選手を書いたらこうはいかない。偏屈で、卑屈で、エロくて、時に狂気とも言えるほどの欲望を抱えている。そんな「汚い」人物像が、男性の描くスポーツ小説には多い(あくまでも私がこれまで読んだ作品の傾向によるものだが)。
どっちが面白いか、それは人の好みによる。ただ一般受けするのは、現在は間違いなく女性視点のスポーツ小説だろう。こういった作品が増えるのはけっこうなことだし、新しいものが出たらまた読んでみたいとも思う。しかしそれは私がスポーツに携わっている者であり、一般の人よりも特別に興味があるだけだからかもしれない。こういった作品ばかり続けば、読者もそのうち飽きを覚えるだろう。実のところ、私もちょっと飽きてきている。
野沢尚は『龍時』を通して、ゲームや選手だけでなく、サッカーの文化的な面白さまでを描いた。虫明亜呂無の『海の中道』『ペケレットの夏』からは、スポーツをする肉体の美しさや、艶やかが伝わってくる。このほかにも最近のブームとは違えど、優れたスポーツ小説はいっぱいある。
今後はこれらともまた違った、スポーツの面白さを新たに再認識させてくれるような、そんな小説を読んでみたい。個人的には女性視点による女性が主人公のスポーツ小説を読んでみたいのだが。