「偽悪者」。中田英寿の引退に関する記事の中に、この言葉を使っているライターが何人かいた。「偽悪」。すなわち悪を偽る。偽善者が良いことをしているように見せかけている人ならば、偽悪者はわざと悪人を装っている人といえるだろう。確かに中田にはそんなところがあるように思える。ブラジルに負けてピッチの上で泣いてしまうくらい純情なのに「サッカーだけの人間にはなりたくない」「儲かるならサッカー以外の仕事をしたほうがいい」と、わざと冷めていると思われるような発言を繰り返してきた。
中田を特集した様々な記事によると、プロになったばかりの頃の中田はこのような「偽悪者」ではなかったらしい。インタビューにも笑顔で、素直な答えを返していたという。変わり始めたのはアトランタ五輪やフランスW杯予選で活躍し、世間の注目を集めるようになった頃からだ。発言の一部だけを載せ、意図を捻じ曲げて伝えようとする新聞。ステレオタイプのことばかりを言わせようとするテレビに辟易し、わざと憎まれ口をたたくようになる。そんな中田に、マスコミも「生意気」や「傲慢」といったレッテルを貼るようになり、両者の関係は悪化していった。イタリアに渡る頃には、中田がマスコミに本音を語ることはほとんどなくなっていた。自らの公式HP「nakata.net」を立ち上げ、ファンに対してのメッセージはそこから直接送るようになった。
そんな中田とはまったく違うタイプの「偽悪者」が亀田興毅ではないだろうか。亀田もまた「悪」を装う。対戦相手を挑発し、テレビカメラに向かってメンチをきり、周りを取り囲む記者の取材には威勢のいい関西弁で答える。そこから生まれる世間のイメージは「関西のやんちゃ坊主」といったような、非常にわかりやすいものであった。何を考えているのかわからない中田のイメージとは全くの正反対だ。
マスコミとの関係も中田とは違う。亀田はマスコミが求めるものをどんどん表に出していった。親父と弟二人でボクシングの世界チャンピオンを目指すという昭和色漂う人生模様。他のスポーツ選手が言えないような大胆で、ユニークな発言の数々。父の史朗が考え出した独創的な練習メニューなど、野球とサッカーに終始し、マンネリに陥りがちな日本のスポーツマスコミにとって、亀田は本当にありがたい存在だっただろう。
マスコミに操られまいと悪役を演じた中田。マスコミが望む悪役としてのイメージを作ってきた亀田。二人の役所は今まさに変わりつつある。ドイツW杯の孤軍奮闘と衝撃の引退。世間には中田同情論が流れ、マスコミは中田の引退をこぞって美しく演出し始めた。
一方の亀田はようやく世界王者となるものの、判定が地元びいきではないのかとのけちをつけられ、ほとんどのマスコミからバッシングを受けている。ある意味マスコミの望む悪役には変わりないのだが、亀田側がある程度コントロールできていたそれまでの悪役像とはまた違った「悪」の面が強調されるようになってきてしまった。
中田は最後までマスコミにこびることなく、プレーで自らの価値を証明し続けた。そして「悪役」から「本当は誰よりも純粋で一生懸命な偽悪者」という配役が与えられるようになった。一方で亀田の「親想いで頑張りやな偽悪者」という配役は「作られた英雄」へと転換させられている。
こうなったのは、本当は中田が偉大で、亀田はずるいということではない。人気スポーツのサッカーと、マイナーなボクシングという部分での差ではないだろうか。中田がどんなにマスコミを罵ったところで、彼らは中田を取り上げねばならない。読者、視聴者がそれを求めているからだ。逆に言えばサッカーに興味を持っている人が多いからこそ、自分でイメージを作ることも出来る。プレーは世界中の人が見てくれるし、さらに興味を持ってくれた人はHPを閲覧するようにもなるだろう。マスコミには何も話さなければ、下手なイメージを作られることもない。最もこれは中田に世界的な実力が備わっていて、初めて出来ることでもある。
ボクシングはたとえ世界チャンピオンになったとしても、それほど注目を浴びることはない。というよりも注目を浴びる機会が少ない。サッカーは年間数十試合。ボクシングはせいぜい数試合。注目を浴びるためには亀田のように日々マスコミ受けするような出来事を発信していかなければならない。またボクシングはマッチメークがそのボクサーの運命を大きく左右する。注目が大きいほど、人も金も集まる。その金を使って上手いマッチメークを組む。つまり亀田はマスコミに「偽悪者」をアピールするしかなかったのだ。
ファン・ランダエダとの世界ライトフライ級タイトルマッチは確かに甲乙つけがたい戦いだった。亀田が負けていても決しておかしくはなかった。しかし一部のメディアには終始押されていたと書かれていたり、ことさらにダウンを強調しているところもあった。亀田は1ラウンドにダウンをもらい、11,12ラウンドはグロッキーになっていたが、中盤はランダエダをダウン寸前にまで追い詰めていた。負けても不思議ではないが、勝ってもそこまで不思議なことではない。それをここまで大きく取り上げるのは、マスコミの中に亀だの演じる「悪役」ぶりを、快く思わなかった者が多かったということだろう。
中田が海を渡り、セリエAでプレーするようになったのは21歳の時。初めのうちは中田の実力を疑っていた日本のメディアも海外のサッカーファンも、中田は自らのプレーでそれを認めさせた。亀田はまだ19歳。世間の関心は集まっている。ここからは中田のように自らの実力で、配役を「偉大な世界王者」へと変えていくしかないのだ。